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---- 北の系2005 ----
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資料/二・二六事件北一輝、西田税、亀川哲也判決(6)
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2004.2.25

大日本帝国で起きたクーデター事件、二・二六事件の軍法会議判決のうち、思想指導者とみなされた北一輝、西田税、亀川哲也の判決(昭和12年8月14日)の全文を転載し、「思想を裁くことの意味」を考える資料とします。

平仮名で表示していますが、原文は北一輝の“霊告”部分を除き、すべて片仮名です。

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(四)斯くて同月二十八日被告人両名は前日来入手しくる諸情報を綜合し蹶起部隊は戒厳部隊に編入せられ又陸軍大臣よりは其の蹶起の趣旨を容認し加ふるに軍事審議官一同も亦蹶起将校等と共に其の目的貫徴に向て邁進すへしとの所謂大臣告示を示達せられありて軍内外を通し一般情勢は著しく有利に進展しあるものと判断しありくるか更に同日朝被告人北輝次郎は法華経読誦中に「神仏集ひ賞讃賞讃おおい嬉しさの余り涙込み上けか、義軍勝つて兜の緒を締めよ」等の霊告ありたりとて被告人両名は方に国家革新の好機は目睫の間に迫れるものと為し其の意外の成功を祝福しありたる処同日正午前後頃突如栗原安秀より山下奉文少将、鈴木貞一大佐等の勧告に依り終に責を負ひ自決するの已むなきに至り万事休したる旨の電話報告に接するや被告人両名は其の情勢の急変に驚き急遽栗原安秀を電話口に呼出し前示軍事参議官の回答ある迄は断して自決すへからすと教示して同人等の自決を阻止し更に同日午後三時頃村中孝次より奉勅命令に依り同人等蹶起部隊を討伐するとの事なるも其の真偽不明となりとの電話報告に接したるか苟も戒厳部隊に編入せられたるものに対し討伐命令の発せらるるか如き条理なかるへしと思惟し同人に対し奉勅命令は「脅かし」ならん一度蹶起したる以上は其の目的貫徹の為徹底的に上部工作を為すへく尚自決は最後の問題なり君等死せは我々は晏如として生きて居られさるなりと告け次て同日午後五時頃事態漸次悪化し愈奉勅命令に依り断乎として討伐せらるるの風評を聞知したるを以て栗原安秀に其の真偽を電話照会したる際同人に対し事態収拾に付陸軍首脳部の態度は極めて軟弱なるも海軍側は挙つて支援に傾きつつありて外部の情勢は有利に展開し万事今一息と云ふへき状態なるを以て各自一致結束して自重すへく自決の如きは最後の問題なる旨強調し更に其の前後頃被告人西田税は磯部浅一より電話を以て蹶起将校中には奉勅命令に依り脅かさるるものあるも自分は断乎として撤退せす最後迄残り一戦を交える決心なるか如何と訊ねられたるに対し「其処まてやらなくてはなるまい」と指示し以て被告人両名は一旦責を負ひ自決を決意したる蹶起将校等に対し極力其の自決を阻止すると共に初志貫徹の為飽く迄上部工作を続行すへく指導し居たる処同日午後八時前後頃被告人北輝次郎は前記自宅に於て憲兵の為取押へられ被告人西田税は其の頃被告人北輝次郎方より遁走し爾来東京市内各所を転々潜伏中同年三月四日午前五時三十分頃同市渋谷区若木町五番地角田猛方に於て警視庁巡査の為取押へられ

以て被告人北輝次郎、西田税、亀川哲也は孰れも昭和十一年二月二十六日事件に参加し香田清貞、安藤輝三、栗原安秀、村中孝次、磯部浅一等の反乱行為に共同加担し被告人北輝次郎、西田税は反乱の主動者として行動し被告人亀川哲也は反乱の謀議に参与したるものなり

法律に照すに被告人北輝次郎、西田税の判示行為は各陸軍刑法第二十五条第一号に、被告人亀川哲也の判示行為は同条第二号前段に該当し以上被告人に対しては各刑法第六十五条第一項第六十条を適用すへきところ

本件罪状に付按するに被告人北輝次郎、西田税の両名か我国現下の情勢を目し建国の精神に悖り悪弊累積せるものと為し痛く国家並に皇軍の前途を憂慮するに至りたるは之を諒とすへきものありと雖苟も皇軍を利用して国家革新の具に供せむことを企図し密に一部青年将校に接近し急進矯激なる思想を注入宣伝し終に統帥大権を破壊するの結果を招来するに至らしめたるは其の罪責重且大なりと認むへく

仍て被告人北輝次郎、西田税を各死刑に処し被告人亀川哲也は其の所定刑中無期禁錮を選択し之に処すへきものとす

仍て主文の如く判決す

昭和十二年八月十四日

東京陸軍軍法会議

裁判長判士陸軍少将吉田悳

裁判官陸軍法務官伊藤章信

裁判官判士陸軍工兵大佐秋山徳三郎

裁判官判士陸軍歩兵大佐藤室良輔

裁判官判士陸軍歩兵中佐村上宗治


 

この資料は「思想を裁くことの意味」を考えるための資料として公表したものであり、判決関係者の思想、主義、行動を支持または不支持を表明するものではありません。

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この項、更新終了。

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転載者コメント

この判決に記述されていることがすべてではありません。判決に記述されていない事実が重要です。

たとえば、北一輝自身は実行犯と直接的な接触はほとんど無く(北一輝聴取書「現代史資料4」)、皇道派系上層部が政権を握っても国家改造案の根本原理が実現するとは夢想したことはない(北一輝聴取書「現代史資料4」)と言っていましたし、北の襲撃計画に対する消極的姿勢は、判決には盛り込まれていません。

北は、青年将校らの叛乱計画について「(国家改造計画案の)方針と全然相違して居りますし、且つ何人が見ても時機ではない」とも言っていました。(北一輝聴取書「現代史資料4」742-746)

死刑という結論にあわせて軍法会議が設置され、判決理由がつくられたというのが、この判決の実態と言うべきでしょう。

暴力を実行する悪意は、その悪意や不始末を世間から隠し正義を印象づけるために、より大きな悪の存在を演出することがあります。

粛軍が実施され、批判も議論も抗争も存在しない完全なる清浄な体制が作られてゆくことで、無謀な世界戦争に向っていく…まさにその踏み台として、陸軍内の派閥内部抗争があり、二・二六事件があり、二・二六事件の鎮圧・処刑があり、思想の処罰がなされたのだ、という歴史解釈も可能かもしれません。

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(キタノ)
ki@tree.odn.ne.jp
http://zirr.infoseek.ne.jp/
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