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資料/二・二六事件北一輝、西田税、亀川哲也判決(4)
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2004.2.25更新

大日本帝国で起きたクーデター事件、二・二六事件の軍法会議判決のうち、思想指導者とみなされた北一輝、西田税、亀川哲也の判決(昭和12年8月14日)の全文を転載し、「思想を裁くことの意味」を考える資料とします。

平仮名で表示していますが、原文は、北一輝の“霊告”部分を除き、すべて片仮名です。

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而して被告人西田税は昭和九年十一月同志村中孝次、磯部浅一等か其の反乱陰謀事件に依り検挙せらるるや之を以て軍内に反対派ありて部外不純勢力と結託し同人等の所謂維新勢力を弾圧せむか為の偽作陰謀なりと断し当局の措置を非議宣伝すると共に前記同人等をして敢て誣告の告訴を為さしめ同十年四月頃之等反対勢力に対する闘争方針として錦旗を樹立し討幕に邁進すへしとの指令を各地同士に発し次て同年七月教育総監更迭問題惹起するや村中孝次の齎したる所謂三長官会議の内容盈山口一太郎を介し入手したる大正二年「省部関係業務担任規定」並に昭和二年三長官の協定になれる「人事に関する省部覚書」等を綜合し、該人事異動の背後には所謂重臣閥軍閥の恐るへき陰謀策動ありと為し、而も該軍閥の中心は永田軍務局長にして林陸軍大臣を以て其の傀儡と為し終に統帥権を干犯し皇軍を私兵化するに至れりと臆断し「軍閥重臣閥の大逆不逞」と題する急進矯激なる不穏文書を作成し同月二十五日頃密に巷間に流布宣伝すると共に全国同志に密送して其の奮起を促し以て同志相沢三郎中佐の永田軍務局長殺害の動因を作為したるのみならす同中佐の暴挙を以て国憲国法を超越せる維新的志士の先駆捨身なりと称揚し更に同中佐の公判内外を通し所謂暴露戦術を以て反対勢力を潰滅すへき企図の下に公判対策大網を樹立し爾来山口一太郎大尉、被告人亀川哲也等と共に専ら同公判対策の協議指導に任し且機関紙大眼目を発行して渡辺教育総監に与ふる公開状等軍部民間の同志を刺戟すへき矯激なる記事を執筆掲載する等只管革新断行の機運の醸成並に其の促進に努力しありたる処昭和十年十二月中旬頃に至り村中孝次より同志の間に明春第一師団渡満前に事を挙くるの要ありとの議あるを聞き次て同十一年二月初旬頃相沢中佐事件の公判を繞り在京青年将校等の一部同志か愈蹶起の意を固めたるを察知し更に同月中頃より二十日前後頃迄の間に村中孝次、磯部浅一、安藤輝三、栗原安秀等の同志と逐次会見の結果同人等か幹部となり在京青年将校同志等を糾合し前記の実行計画を樹立し且著々其の蹶起準備を進めあるを知るや当時の国内情勢に於ては未た以て被告人の所謂革新断行の最後的決定時期に到達しあらさるものと判断し一応其の抑止説得に努めたるも今回は第一師団満洲派遁なる特殊事情もありて同志将校等の団結決意頗る鞏固にして抑止に応する色なきのみならす却て前記同志等より指導者として蹶起部隊に直接参加を促され之を不可能とすれは外部に在りて破壊後の建設工作に任し之に努力せられ度旨懇望せらるる状況なりし為従来同人等に対し指導的立場に在りし被告人は曾て五・一五事件の際時期尚早の故を以て陸軍側一部同志の参加を阻止したる為裏切者としてその汚名を受けし苦衷に鑑み敢て之を阻止妨害するの勇気もなく日夜其の去就に苦慮せしか前記同志等との多年の情誼に従ひ同人等の蹶起を承認し其の希望を容るるの外なしと思惟し終に蹶起の前夜に至り同人等を適切に指導督励し其の目的達成の為政治工作に任すへきことを決意するに至るや同月二十日前後頃被告人北輝次郎を訪ね同人に対し前記の決意を披瀝し且村中孝次等より聞知したる蹶起計画の内容に付具に報告して其の承認を求めたる処被告人北輝次郎は同志青年将校等の憂国の至情に打たるると共に被告人の西田税の悲壮なる決意に同情し終に之に承認を与へ同被告人と共に青年将校等に殉するの党悟を以て之に参加し極力其の日的達成の為蹶起の前後に亘り同人等を指導督励せむことを決意するに至り

被告人亀川哲也は相沢中佐事件に付山口一太郎大尉及被告人西田税等と共に専ら同公判対策の指導に任し永田軍務局長の死亡時刻に付公訴状記載と陸軍当局発表と矛盾せる点を指摘し且同公訴状には相沢中佐の行為を以て公人の資格に於て為したりや将又私的個人の資格に於て為したる所為なりやを確定しあらさるを以て之を明にする要ありと提議し仍て昭和十一年一月下旬開廷せられたる第一回公判に於て将校弁護人満井佐吉をして動もすれは被害者永田中将の死屍に鞭うつか如き極端なる提言を為さしめ又同公判の進行に伴ひ弁護人鵜沢総明に対し巧に同公判の重要性を強調説得して終に政党脱退の声明書を発表するに到らしめ更に同弁護人に対し相沢中佐を精神異状者と為し其の行為を超人格的神秘行為と認め之に依り公訴取下に導くへきことを提案し陸軍上層部に工作する等同公判内外を通し頻に画策努力する所ありしか一方同年二月初旬頃より予て被告人西田税の指揮下にある村中孝次、磯部浅一、渋川善助其の他在京青年将校同志等か同事件公判を繞り各種の不穏なる宣伝策動を為し同公判の推移如何に依りては何時直接行動に突出するやも計り難き情勢にあることを察知し之か対策協議の為同月十五六日頃より二十日前後頃迄の間に山口一太郎、被告人西田税等と屡会見したるか同人等より栗原安秀其の他一部青年将校等は所謂昭和維新断行の目的を以て近く蹶起すへく決意を固め著々其の実行計画を進めあるを聞知し更に被告人西田税より其の指導下にある青年将杖の蹶起の情勢は最早抑止不可能の状態に進展しあるを以て寧ろ破壊後の建設計画を考慮し政治工作を以て其の目的を達成せしむるの外なしと決意したるに依り之に参加して該工作に努力せられ度旨要望せらるるや終に之を承諾するに至れり於?被告人西田税は該建設計画の根本方針として予て青年将校等の維新運動に対し多大の理解あり且実行力ありとして同人等より崇敬せられある陸軍大将真崎甚三郎、同中将柳川平助等を以て首班とする強力なる軍部内閣を速に組織らしめ之に依り事態を有利に導き目的を達成すへきことを決定したるか其の万全を期する為同月二十日前後頃同志山口一太郎及被告人亀川哲也に謀り同人等の同意を得たるを以て爾後同月二十五日頃迄の間に同人等と随時各所に会合し更に之に関連する所要の協議を遂けたる結果前記根本方針に基き

1、被告人西田税は海軍中将小笠原長生、同大将有馬良橘、同加藤寛治其の他に対し

2、被告人亀川哲也は陸軍大将真崎甚三郎、海軍大将山本英輔等の方面に対し

3、山口一太郎は公私の閑係を辿り侍従武官長陸軍大将本庄繁共の他陸軍上層部に対し

夫々連絡折衝すへきことを決定し其の間被告人亀川哲也より蹶起後真崎甚三郎大将を以て内閣を組織し事態を収拾せしむるには公爵西園寺公望を利用せさるへからす而して同公爵に対する工作には鵜沢総明を輿津に派遣する方途あり依て青年将校等の同公爵に対する襲撃計画は之を抛棄せしむる要あるへしと提案し山口一太郎大尉に於て可然処置すへきことに決つたるを以て事前に於て被告人亀川哲也は鵜沢総明、真崎甚三郎に被告人西田税は小笠原長生に対し夫々連絡して所要の準備工作を為し山口一太郎大尉も亦其の分担任務に付所要の準備工作を為し斯くて蹶起後の建設計画に付著々其の準備を進めありしか被告人西田税は同月二十四日夜磯部浅一の密信に依り愈同月二十六日早朝を期し蹶起することに決したるを承知し更に翌二十五日午前十一時前後頃磯部浅一と会見したる際腹心の同志渋川善助か既に湯河原に到り牧野伸顕伯の所在を偵察中にして其の襲撃に参加すへく予定しあるを知るや機部浅一に対し民間同志を直接襲撃部隊に参加せしむるは不可なりと主張し殊に渋川善助は蹶起後民間側同志若は右翼団体の外廓運動を統制指導せしむる要あるに付該偵察任務終了後速に上京せしむへしと指示し且当時渋川善助妻きぬ子か場河原より密書を携へ上京し偶被告人宅に来合せ居たるより更に同人に密書を托し前記趣旨其の他所要の連絡を為し次て同日夕刻頃被告人亀川哲也か蹶起資金として金二千円を提供するや固辞せる村中孝次をして内金千五百円を受領せしめ自らも亦金百円を受領し同日午後八時頃被告人北輝次郎方に到り以上の状況を詳細報告し其の後翌二十六日午前一時頃再ひ同人宅に到り其の頃渋川善助よりの電話報告に依り同人か湯河原より帰京したること並に豊橋教導学校の竹嶌継雄、対馬勝雄両中尉か興津別邸の襲撃計画を放棄し相携えて上京したることを知り更に同人に対し蹶起部隊の出動状況を視察し速に被告人の許に報告すへき旨を指示したり

一方被告人北輝次郎は同月二十一日頃村中孝次の来訪を受け同人より第一師団将士の渡満前に在京の青年将校同志蹶起し兵馬大権の干犯者を討ちて君側の奸を除き以て御稜威を現はさむ方針なるか如何と蹶起の趣旨に付意見を求めらるるや「竣威尊し兵馬大権干犯如何答大義名分自つと明かなるは疑なし他は末範に過きす」との霊告ありたる旨を告け努めて蹶起の趣旨を単一化するを可とする旨を指示し次て同月二十三日頃被告人西田税より同志青年将校等の計画しある襲撃目標及襲撃担任部隊等詳細の報告を受けたる際之に対し既に青年将校間に於て決定したる内閣総理大臣岡田啓介、大蔵大臣高橋是清、内大臣斎藤実、侍従長鈴木貫太郎、公爵西園寺公望、前内大臣牧野伸顕等に付ては敢て容喙の限りに非さるも第二次襲撃目標として考慮せられつつある一木喜徳郎、後藤文夫、伊沢多喜男、池田成彬、三井三菱の当主等の如きは之を中止し常に言ふ通り殺害は最小限度に止むるを可とする旨教示し更に同月二十四日被告人宅に来訪せる村中孝次より一定の場所に兵力を集結占拠したる上其の目的達成の為上部工作を持続することは我国体観念上如何あるへきかと訊ねられたるに対し被告人に所謂十月事件の如く大詔換発を強要し奉るか如きことは国体観念上許されさるも然らさる範囲内に於て上部工作を為すことは差支なし而して之を為す以上は一歩も退かさる覚悟を以て徹底的に該目的貫徹を計るへき要ある旨を指示すると共に「大内山に光射す暗雲無し」との霊告ありくるに付蹶起将校の目的は天聴に達し純真なる人に依り組閣せらるへし仍て皇室も御安奉にて安心せりと告け同人等の蹶起を称揚激励し同時に村中孝次の持参せる同志野中大尉起草に依る蹶起に関する決意文を閲読し至誠の躍動せる名文なりと激賞し村中孝次に二階の一室を貸与して蹶起趣意書を起草するに至らしむる等専ら同人等の指導督励に任しありたるか同月二十六日午前一時頃来宅中の被告人西田税と共に蹶起部隊出動の結果如何を待てり

斯くして村中孝次(磯部浅一、香田清貞、安藤輝三、栗原安秀)等か(在京同志青年将校と共に所謂昭和維新断行の目的を以て相団結し昭和十一年二月二十六日午前五時を期し一斉に蹶起し兵力を僭用し兵器弾薬を携行して内閣総理大臣官邸其の他の官私邸を襲撃し多数の重臣、大官等を殺傷し一方警視庁を占拠して警察力の発動を阻止し又東京市麹町区永田町を中心とする帝都の枢要地域を占拠して一部の交通を制限し以て国権の発動を妨害したる上陸軍首脳部に対し維新実現の為の建設工作を要望する等)反乱を決行するや


 

この資料は「思想を裁くことの意味」を考えるための資料として公表したものであり、判決関係者の思想、主義、行動を支持または不支持を表明するものではありません。

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(キタノ)
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