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表現の自由の合憲性基準諸説
下の説ほど表現の自由に対する法規制の合憲性が緩やか(規制範囲が広く)で、上の説ほど表現の自由に対する法規制の合憲性が厳格(規制範囲が狭く)な解釈です。
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表現の自由の規制(表現内容を検証して表現の自由を制限する)
一方にだけ厳しく一方には甘いというようなダブルスタンタード(二重基準)という考え方は、一般感覚からすると否定的に受けとめられますが、表現の自由だけはこの考え方を肯定的に受けとめるべきで、表現の自由は経済的自由より優先的地位を持ち、「違憲の推定」(合憲性推定の排除)を認める必要があります。理由は以下の三つ。
1 個人の尊厳と幸福追求(個人あっての国家であるから)
2 民主政の理論(世論は立法の上位に存在するから)
3 思想の自由市場論(主権者の心の中に存在する「思想の自由市場」は不可侵であるべきだから)
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実体的判定基準
規制によって得られる法的利益の実体を考慮する。
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■範疇化テスト
一定の範疇に属する表現は必ず保護される。
類似パターン→政治的表現は絶対的に規制されてはならない。
類似パターン→芸術的表現は例外無く保護される。
†ドイツにも青少年対策のためのポルノ規制条例みたいのがあるようですが、地方の裁判官が「青少年の健全育成という目的が正しい場合でも、芸術表現を制限することは許されない」と違憲の判断を出したことがあるそうです。さすが芸術の国ドイツ! というか、ドイツ基本法には「芸術の自由」っていう条文があって、ナチスによる退廃芸術弾圧の記憶と反省がいまでも裁判で生かされているらしいです。戦争の反省と平和への決意が裁判官にちゃんとあるから、表現の自由が大事されているのでしょう。日本の裁判所とは大違いです。
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■明白かつ現在の危険テスト
表現行為を処罰し得るのは実体的害悪がもたらされる明白にして差し迫った具体的な危険の存在する場合に限られる。将来の危険を予防するためという理由や、現在的な危険であっても抽象的な危険の回避するために、表現の自由を規制することはできない。
類似パターン→その表現によって子どもが死んだというような具体的な被害の因果関係が科学的に証明されないうちは、子どもが非行に走るかもしれないという俗説だけでは表現の自由を規制することはできない。
類似パターン→殺人の方法に関する表現があり実際にその表現通りの殺人が起きたとしても、その表現を見た人すべてが殺人を実行するとは限らないから、表現の自由を規制することはできない。
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■利益均衡テスト
対立利益の率直な均衡を通じて妥当な結論を導く。
類似パターン→性的表現を規制することで得られる社会的利益は芸術的文化表現の豊かさによって得られる個人的利益・社会的利益・経済的利益と比較して小さいから、表現の自由を規制することはできない。
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形式的判定基準
法的利益(被害)の実体に関係無く一定の形式をクリアしているかどうかを考慮する。
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■必要最小限度の法理
過度の広汎性の法理
LRAの法理。より制限的でない他の選択し得る手段がある場合は、表現の自由を規制することはできない。
類似パターン→暴力表現を規制する前に、その暴力表現を読み解くメディアリテラシーや危険情報の取得によって予想される危険を防止したり回避することができるから、暴力表現があるという理由だけではその表現の自由を規制することはできない。
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■不明確無効の法理
人の言動を規制し処罰する法令は、明確な法文構成を採らなければ無効。
関連→文面上無効の理論
類似パターン→「安寧秩序を害する表現」という規制類型は、広汎な解釈可能性を持つ概念であり、解釈の差が生じ得ない明確で規範性のある法文とは言えないから、こうした法文を持つ法制度によって表現の自由を規制することはできない。
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■事前抑制原則禁止の法理
表現行為がなされるに先だって公権力が何らかの方法で抑制すること、あるいは実質的にこれと同視し得る影響を及ぼす規制方法は許されない。
類似パターン→風俗適正化法が求める映像送信型性風俗特殊営業の都道府県公安委員会へ届出義務は、青少年健全育成のために性的表現を含むアニメーション作品のダウンロード販売を規制するためだとしても、創作表現を事前に抑制する効果があるから、こうした方法での規制は許されない。
類似パターン→文化検閲局によるマンガ検定制度は、マンガが読者に読まれる前にその表現を抑制する制度であり、事前検閲に等しいから、このような方法での表現の規制は許されない。
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経済的自由の規制
(表現内容の実体に関係無く一定の経済行為の自由を制限する)
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消極的規制
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■合理的関連性の基準
立法目的が合理的であり、かつ、立法目的と規制手段が合理的関連性をもつ場合許される。
類似パターン→改正児童買春ポルノ処罰法のマンガ規制は、実在児童の人権保護という立法目的と合理的な関連性が無いから、こうした規制は認められない。
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積極的規制
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■明白性の原則
当該法的規制措置が著しく不合理であることが明白な場合に限って違憲。
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■合理性の基準
目的達成のため必要かつ合理的範囲に留まる限り合憲。
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最高裁の判例は、多数意見としては「明白性の原則」が、少数意見として「合理的関連性の基準」と「合理性の基準」が採用される傾向があるみたいですが、「合理性の基準」が多数意見になりつつあるというのが近年の最高裁の政治状況らしいです。
最高裁が採用する説は賛成できません。というか、「合理性の基準」を採用する最高裁の判事たちに「憲法の番人」たる資格は無いんじゃないでしょうか。
私個人としての合憲性基準の学説ボーダーラインは、理想的には「範疇化テスト」、最悪でも「利益均衡テスト」までは容認できると思います。「不明確無効の法理」とかの形式的判定基準は、説得の場面で戦略的誘導に使える場合にはその説は容認できます。
戦略的誘導というのは、たとえば、まず「不明確無効の法理」で説得して多数派を形成し、「合理性の基準」の人たちを孤立させた上で、次に「明白かつ現在の危険テスト」で多数派を形成して「不明確無効の法理」の人を孤立させる。というような政治戦略です。このような戦略的な政治運動は、一ヶ月半年の短期では無理で、10年20年という長期スパンで続けていく必要があります。
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